今井道子の家族は?夫の高橋和之の画像と履歴

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今井道子さんがオードリー若林が研究員、弘中綾香(テレビ朝日アナウンサー)が研究助手として出演するバラエティ番組「激レアさんを連れてきた。」の初ゴールデン2時間スペシャルに出演されます。

 

今井通子さんは、両親が医者で、妹2人、弟1人の長女として生まれました。

両親はともにと東京の人なので、夏休みを過ごす「田舎」はありませんでした。

両親は日ごろは忙しく働いていた分、休みは4人の子供の為に、自然の中でゆったりと過ごそうという思いが強かったそうです。

小さいころから休みの日は「山で」過ごすことが多かったそうです。

週末は家族で近隣の山へ行き、夏は山の家で暮らし、冬はスキーが当たり前でした。

 

夏休みや冬休み、週末には自然の中で育ったため、自然が好きになり、大学でも迷わず山岳部に入部します。

大学は東京女子医科大学に入学します。

大学では山岳部に入部しました。部員は全員女性であり、勉強が忙しいため登山回数も少なく、登る山も低レベルでした。

今井通子さんが5年生でリーダーになった時、山に行きだしたらもう止まらない、思い込んだら一途でレベルを上げようと、ガイドを雇い、岩登りの指導を受けクライミングの魅力にハマったのです。

 

両親の反対は母親はそうでもなかったのですが、父親は思いきり反対しました。

「ぼくは山登りを教えた覚えはない」と。「山に行く」と言うと、父は口をきいてくれなくなったそうです。次第に、あきらめて帰りを待つだけになりました。

 

ご両親は残念ながら南極遊覧飛行中の墜落事故により、1979年11月に亡くなっています。

 

その後、今井通子さんは、インターンの1年間は登山を封印して医師修行に励みましたが、インターンが終わって入局したら自由に登山できなくなることから、入局せずに海外での登山の計画を立てます。

当時の日本人は簡単にはパスポートが発行されない時代でした。

対外的に日本の文化を伝えたり、海外の新しい技術を身に付けてくるといった学術的な目的が必要だったのです。

そこで今井さんは「高所登山における人体実験」を理由にヨーロッパに渡りました。

ついに1967年7月19日、女性パーティとして初めて『マッターホルン北壁』の登攀に成功しました。

 

 

『マッターホルン、アイガー、グランドジョラス北壁』の登攀に成功し、女性で世界初の欧州三大北壁完登者となっています。

 

1971年には、登山仲間であった高橋和之さんと『グランドジョラス』で結婚しました。駆け落ちしての結婚でした。

 

高橋和之さんは、登山家であり、登山用品専門店『カモシカスポーツ』の創業者です。

経済的事情により中学を卒業してすぐ働いており、娘を医師に育てた両親には受け入れられなかったのかもしれません。

 

 

子供は娘さんが一人います。

著書の中に『たくましい一人っ子の育て方』で一人っ子である娘を通じて、一人っ子の特長、良い点、悪い点を分析し、いかに育てるかを述べています。自身が登山家であることを利用し、いかにして子供が山に、そして自然に接するようになるかを詳しく書いています。その方法は登山家でない普通の人にも大変参考になります。

 

今井さんの活動はそれだけにとどまらないです。

「いろんな形で、自然の中へみんなを出そうとトライしています。個人的には、森林マラソンを含むアクティビティを13年前から行っています。走れない人は歩く。歩けない人は炭焼き体験とか。森林にある環境を享受すればいいんです」
一貫して、自然の中へ出よう、というスタイルを持っています。
今年で70歳を迎えた今井さんは、元気そのもので、ずっと若く見える。それも、小さい頃から過ごしてきた自然の恩恵だと思います。

ラジオのパーソナリティーとしても活躍をしています。

日本放送の『テレフォン人生相談』では1992年より回答者を務めていました。現在はパーソナリティーとして番組を進行しています。

 

今井 通子(いまい みちこ)

生年月日 1942年02月01日
出身地  東京都
医師 登山家

東京女子医科大学卒。医師となる一方、幼い頃から親に連れられ親しんできた登山を続ける。1967年に女性パーティー遠征隊長として世界で初めてヨーロッパアルプスマッターホルン北陸登攀に成功を皮切りに1969年、ヨーロッパアルプス・アイガー北壁日本隊ルート初登攀、1971年、ヨーロッパアルプス・グランドジョラス北壁登攀し、女性で世界初の欧州三大北壁完登者となる。その後も冬季チョモランマ遠征(※再度冬季に挑戦するも8500メートル前後で断念。)、キリマンジャロ登頂、アフリカ・ウガンダ最高峰ルヴェンゾリ登頂など数多くの偉業を成し遂げる。更に、厚生労働省厚生科学審議会委員、文部科学省登山研修所運営委員、経済産業省構造審議会臨時委員など数多くの省庁や団体などの委員として活動している。
代表作品
著書『山は私の学校だった』 / ニッポン放送『テレフォン人生相談』 / ラジオNIKKEI『大人のラヂオ』

 

高橋和之(たかはし かずゆき)
生年月日 1943年1月26日
出身地  東京都中野区出身

家庭の経済的事情が安定しなかった為、中学を卒業するとすぐに就職した。
登山用品店「カモシカスポーツ」社長。
愛称は「ダンプ」。

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